Yoo Hayakawa Architectural Atelier
構造計算書偽造事件周辺の話について

第一報を聞いて −主な疑問点はこの時点ですでに述べられています 051123
第二報を聞いて −この時点では役所も偽装を見逃すとは思っていませんでした 051123
第三報を聞いて −初めてチラリと図面を見た感想 051123
特異な事件 −構造設計専門家のプロ意識から他に同様な事件はないと思われること 051130
構造計算の進化 −コンピューターが不可欠になったことなど 051130
不自然な構造図 −明らかに構造耐力が不足する構造図はすぐに見抜ける 051130
確認申請 −許可ではなく確認であり、最終責任は設計事務所にあること 051130
現場検査 −手抜き工事にも役所の指導不足が指摘されるべき 051130
民間審査機関 −ほとんどすべて役所出身者が経営しているということ 051130
職人気質 −現場には未だに職人気質が残っているので原則的には偽装を見逃すはずがない 051207
審査機関の建築知識 −現場を知らないので見逃す 051207
構造による経済設計 −構造設計にも優劣はあり経済設計が不可能ではないということ 051207
新工法 −新しい工法の提案には設計事務所は徹底した質問研究をすると言うこと 051207
鉄筋量と手間 −鉄筋量が極端に少ないと手間も大幅に省ける 051207
経済設計 −意匠面で十分可能。安価な材料で快適な空間は設計できる 051207
設計事務所の衰退 −発言力が低下してきた事情 051207
内部告発 −普通の設計事務所は内部告発でデメリットはない 051207
国の支援策 −制度上問題はないか 051207
誰が嘘をついてるか −離婚した人もいる 051214
一級建築士の権威 −医者が医者でないものの意見を取り入れるか 051217
施工図と現場写真 −調査の必要もなく5分で出せる 051217
法の範囲内 −一般に構造設計は基準ぎりぎりで行われるので指示は違法で行けと言うこと 051217
姉歯以外の者による偽装 −有り得ない話だが魚心に水心 051217
厳しい審査 −営業上自分の首を絞める発言だが他にも営業手法はある 051217
鉄筋量計算 −マスコミの計算が正しくないこと 051217
四ヶ所氏の指示 −それを知らなかった社長に責任はないか 051217
制度上正しい審査 −本来の目的意識の欠落 051217
口先だけの営業 −言い訳しても社名変更しても逃げ場はない 051217
一人でできることではない −見て見ぬふりをした専門家も同罪 051217
専門家でないので責任はない −その考えが甘いことがわからなかった想像力のなさ 051217
藤沢市のマンション −鉄筋、コンクリート量が足りない構築物の実験場 051217
建設業者 −まだ一片の良心は残っているか 051217
平面図に柱がない −図面から受ける異様感について 051221
構造における経済設計 −どこまで可能かその可能性について 051221
鉄鋼の値上がり −中国の需要増加と建設業えへの影響 051221
コンクリートの水の量 −不正を働きにくい背景について 051221
スリットについて −スリットは窓と同じで位置や数を間違えようがない 051228
発覚後の契約と引渡し −知らなかったすべて抑えるのは無理だ、ですむ問題か 051228
内河社長と離婚した奥さん −書類を捜査員から守り通しました 051228
このコメントの扱いについて −原点に返り再発を防ぐこと 060104
姉歯以外の構造計算書−国交省の調査結果はシロ 060104
不必要な工事を勧める −そちらの業者も大問題 060104

第一報を聞いて

 一級建築士事務所が構造計算書を偽造したと言うニュースが流れました。そのうちい くつかはすでに建設済みで、震度5強の地震で倒壊の恐れがあるそうです。国は各自治 体に建替えの指導を行うように指示したそうです。
 それにしても偽造とはどういう意味でしょう。根拠のない構造計算書で確認申請が通 るわけがありませんし、申請後に書き換えるにしても構造計算書ではなく構造図だけを 書き換えればよいように思えるのですが。構造計算書など誰も目を通さないからです。
 いずれにせよ今の建築はコンクリートや鉄筋、鉄骨などの構造にかかる費用は全体の 2割か3割程度で建設費削減のために構造材を節約するのは余り賢い方法ではありませ ん。
 もう一つの疑問はなぜ誰も気付かなかったかです。震度5で倒壊の恐れがあると言う ことは梁や柱の寸法もかなり小さく、鉄筋や鉄骨の量も目に見えて少なかったはずです。 工事中にそれを見て変だとおもう人がいなかったとしたらそれも驚きです。
 私なら現場に踏込んだ瞬間におかしいと気付いたと思います。計算などしなくても経 験があれば直感でそのくらいのことは分かります。

第二報を聞いて

 上記の文章を書き終えてから新たに判明した事実があります。下りるはずがないと言 った確認申請が下りたのです。もともと確認申請業務は各自治体の建築課や都市計画課 が行っていましたが、民間活力の活用の流れを受けて、確認申請を受理する建築主事の 資格を民間に開放しました。民営化の一環としてです。
 一般に役所への申請ですと確認申請の手続きに例えば1ヶ月かかるところを、民間に 委託しますと1週間で下ります。そのかわりその分申請に関わる手数料が必要になるわ けです。
 今回の事件を起こした姉歯建築設計事務所はこの制度を活用し、その民間の建築主事 は不完全な構造設計書を見過ごしたわけです。
 役所の建築課は確認申請業務を急ぐ必要はありません。建築主に気を使う必要も手心 を加える必要もありません。賄賂でももらえば別ですが、基本的にそのようなことをし ても何の得にもならないからです。本来役所とはそのような仕事を司る機関だったので はないでしょうか。
 民間に委託した瞬間、そこには利権が生じます。仕事が欲しければ手心を加えるかも しれませんし、業務を迅速に進めるため、すべてをくまなくチェックすることを怠るか もしれません。
 郵政民営化の問題でも述べましたが、民営化がそぐわない公的な機関は他にもたくさ んあります。今回の事件は建築主事を民間に委託する制度がなかったら決して起こるこ とはなかったでしょう。
 官から民へという風潮がすべて正しいかのように思われていますが、ただ闇雲に民営 化するのが良いわけでは決してありません。

第三報を聞いて

 テレビ番組で上記問題の図面をチラリと見ました。各階柱の配筋図です。チラリと見 ただけで全く話にならないことが分かります。本数が圧倒的に足りないのです。
 前述のように構造計算書はほんの一部の人しか目を通しません。コンピューターから 出力された数字がずらりと並ぶばかりで見ただけでは理解できないからです。
 しかし、構造設計図は違います。この図面を見て不自然だと思う人が一人もいなかっ たとしたら、いったいプロフェッショナリズムはどこにあるのでしょうか。
 一般に構造設計事務所は構造計算書と構造図をセットで設計事務所に提出します。今 回はその設計事務所、設計を審査したイーホームズ、工事を請負った木村建設の積算部、 工事を施工した現場監督、鉄筋工事施工業者など建物規模から考えて数十人のプロがこ の図面を目にしたと思われます。その数十人の中のたった一人の専門家もこの設計の不 備を指摘できなかった事実に心底驚きを感じます。
 責任があるなしに関わらず、その人たちは恥を知るべきです。極論すればそれらの人 たちは仕事の適正に欠けます。即刻職を変えるべきです。

特異な事件

 構造計算書の偽造問題はついに国会の場にまで持ち込まれました。
 最初に一言断わっておきますが、この事件は大変特異な事件であり、氷山の一角では 断じてありません。他の同様な事例はないと思います。
 構造設計屋さんはどちらかと言うと自分の仕事に大きなプライドを持ち、頑固で、自 分の主張を曲げない人が多いと言うのが私の実感です。駄目なものは駄目、持たないも のは持たない、ほとんどの構造設計屋さんがそこを主張することこそが仕事だと思って います。
 また、そういう人たちだからこそ、私たち意匠を設計する立場の人間が正面から議論 することができるのです。(断わっておきますが、議論とは鉄筋量を減らす議論ではな く、デザイン上どうしてもじゃまな柱をどうすれば省くことができるか、天井を高く取 るために梁の高さを低く抑えるにはどうすれば良いかなどの議論です)

構造計算の進化

 私が社会に出たころの構造計算書は手計算の手書きでした。これなら数式を追いなが ら役所の構造担当者が検証することができます。
 現在はコンピューターに任せきりになり、出力されたデータは数字や記号が並ぶだけ で検証のしようがありません。ちゃんと検証するには厳密にはすべての数式と初期デー タをあらためてコンピューターに入力しなおさなければならず、膨大な労力が必要にな ります。原則的には構造計算書の作成料とほぼ同等の手間賃がかかることになってしま うでしょう。
 また、宮城県沖地震、関西淡路大震災後の建築基準法の改正は、単純に柱の太さや鉄 筋量を増やすことを義務付けただけではなく、全体のバランス(少し難しい理論なので 詳細の説明は省きます)の乱れによる偏芯やねじれに関する分析や補正をも要求してお り、コンピューターなしではほとんど計算が不可能です。つまり、新耐震など構造に関 わる建築基準法の改正はコンピューターの普及なしにはありえなかったわけです。  今後、構造計算書の検証を計算書作成者以外の者がスムースに行うには、計算の経緯 や細部の計算結果を残しながら出力するなど、コンピューターソフトの改良が必要にな るのではないかと個人的には思います。

不自然な構造図

 上記の理由で構造計算書を検証するのは、現状ではかなり困難であると言うことがで きます。
 しかし、繰り返しになりますが、構造計算書ではなく、構造図(柱や梁、壁などの大 きさや、鉄筋の配筋位置や種類、本数を記載した図面)の不自然さはプロなら誰でも一 目で分かります。なぜそれに気付かなかったのかを考える時、やはりすべての関係者が 意図的に行った偽装計画があったのではないかと思ってしまいます。

確認申請

 前号で確認申請が下りた瞬間その設計は合法になると書きましたが、厳密にいえばそ うではありません。許可申請ではなく、確認申請だからです。
 建築基準法の運用は建築士(一級建築士、二級建築士、木造建築士)に一任されてい るのです。建築士は役所の審査とは無関係にいつ、どんな状況下でも建築基準法を遵守 した設計をする義務を負っています。つまり、その建築物が違法建築であった場合の責 任は建築士に属しているわけです。役所は、そう言う義務と責任の上で計画された設計 を順法であると確認するだけで、検査した上で建設を許可するわけではないのです。
 よって法律的には今回の事件でイーホームズ(審査機関)には建築基準法上の責任は 生じません。
 建築基準法上の責任は姉歯建築設計事務所ではなく、確認申請を提出した際に設計者 として名称が記載された上位の設計事務所が負うことになります。
 ヒューザー、シノケンなどの販売会社は建築基準法上の責任ではなく、瑕疵担保責任 など不完全な商品を販売した責任を負うことになります。

現場審査

 確認申請は厳密には図面のチェックだけでは終了しません。その図面通りに施工され ているかどうかについての検査も行います。中間検査と竣工検査がそれです。
 それらを経て、工事完了届けを提出し、検査済証を受取ってすべての業務が終了しま す。
 前述のように役所や民間の確認申請審査機関が建築基準法上の最終責任を負わないに もかかわらず、指導、及び監理の不行き届きを理由にして、住民の権利を守るために公 的資金が運用されるとすれば、新たな問題が生じるような気がします。
 確認申請審査機関には前述のように工事を審査する制度もあるからです。今回の事件 ではなく、一般的な手抜き工事などについても、指導、監理の不行き届きを理由に公的 資金を出動させなくてはならなくなるのではないでしょうか。
 もっとも、現場の検査につきましては多くの業者が役所への届出を省略していると言 う背景もあります。

民間審査機関

 民間の確認申請審査機関であるイーホームズが、手続き上何ら違法行為を行っていな いので自分たちに責任はない、というようなコメントを出しましたが、この、理解不能 で不明瞭なコメント、どこかで聞いたことがあるような気がしないでしょうか。
 そうです、役所の答弁、論法にそっくりなのです。
 無理もありません。民間の確認申請審査機関はほぼすべてが役所出身者によって設立 されています。確認申請は建築主事と言う資格を持ったもののみが審査することができ ますが、(役所も民間もこの資格は同じです)役所出身者以外、この資格を取得するこ とが不可能だからです。社長だけではなく、審査担当社員もそのほとんどが役所出身者 で占められています。
 民間活力の活用、規制緩和などときれい事が述べられていますが、なんと言うことは ありません。要するに役所の再就職先、言い方を変えれば天下り先を作ったということ なのです。
 そもそも長年役所のぬるま湯に浸かってきた人たちが、長期的、大局的な立場に立っ た経営理念を作り上げることができるのでしょうか。仕事を取るために審査をいい加減 にして、スピードだけを追求する。経営方針、営業方法としてこの程度しか打ち出せな いのはある意味で自明です。
 民間でも確認申請業務が行われるようになって以来、役所の職員もそのプライドをな くし、審査が甘くなってきているような実感もあります。これは私だけの感想ではあり ません。建築家仲間もそう言っています。
 平塚など役所でも姉歯建築士の構造計算書偽造を見逃した背景にはこういう事情もあ るように思えてなりません。

職人気質

 くどい、と思われるかもしれませんがもう一度繰り返します。
 建設現場は自分の現場も他の人のどの現場も、常に強い緊張感の下にあります。工事 の安全にかかわる緊張感もありますが、それだけではなく技術者や職人間で、お互いの 技量を測りあう緊張感が支配しているのです。仲間から技術が足りないと言う判断を下 されたら、全員から相手にしてもらえなくなります。そうなりたくないのでみんな懸命 に勉強をするのです。それがいわゆる職人気質(かたぎ)で、今でもそれは脈々と受け 継がれています。そう言う意味では日本の建設業界も捨てたものではありません。
 こういう緊張感の下に姉歯建築士の図面が届いたら、それっとばかり、いっせいに疑 義の声が沸きあがります。と言うよりそうならない現場はありえません。もしそう言う 現場があるとすれば全員が知った上で気付かぬふりをしていたと言わざるを得ないでし ょう。しかし、それにしても一人も異論を述べなかったと言うことも信じられません。
 推測するに当初から嫌気が差して抜けていった業者や職人が多くいて、残ったメンバ ーが起こした事件なのではないでしょうか。

審査機関の建築知識

 イーホームズの社長が建設省の職員は実務を知らないので姉歯設計事務所が提出した 構造計算書の間違いに気付かなかっただろう、と述べました。なんとなく言いたいこと は分かります。つまり、建設省の役人には確認申請の現場での応対の経験がないことを 言いたいのでしょう。
 しかし、私たち建築家に言わせればイーホームズの職員も確認申請の場での図面は見 ていますが、苦労して設計した経験はありません。設計した者、施工をする者が見る現 場と、検査だけを目的に見る現場では見え方が代わってくるのではないでしょうか。
 実際に現場で数多く鉄筋の配筋を見ていればそのイメージが残っていますから図面を 見ても不自然さに気付きます。

構造による経済設計

 経済設計(工事費の削減を目的とした設計)は意匠設計で語られる話で構造設計には そもそも経済設計など有り得ない、とサンデイプロジェクトで田原総一朗が専門家に聞 いた話として言っていました。つまり、構造の設計には工事費を削減する方法はないと 言うのです。
 いったいどこの素人がそんな話をしたのでしょう。構造計画にも構造設計にも優劣は あります。構造も単なる計算ではなく計画であり、設計であるからです。同じ平面計画 で同じ鉄筋量、同じコンクリート量を使っても良い構造設計は悪い構造設計より高い耐 震性能を導き出すことができるのです。逆に経済性を重視すれば同じ強度を少ない鉄筋、 コンクリート量で実現することもできます。これを経済設計と言わずなんと言うのでし ょうか。
 柱と梁による一般的なラーメン構造でも構造計算には様々なアプローチが可能です。 どうアプローチしてどういう筋道で結果を導くかが構造設計の専門家の腕の見せ所です。
 そう言う理由から構造設計、構造計算を簡略化したモデル化、マニュアル化、も意味 がありません。そんなに単純な話ではないのです。
 逆に構造設計をモデル化などすれば、新しい構造計画を生み出す可能性を疎外するこ とにもなります。

新工法

 イーホームズの藤田社長は、偽装かもしれないと分かっていれば発見できたかもしれ ないが、新しい工法だと言われればそういうものかと思ってしまう。と言っていました。
 その話には説得力があります。
 鉄筋量が少ない、という指摘をした後に新しい工法だと言う回答をもらったら、なる ほどと思ってしまうかもしれません。この世界ではこれまでにも画期的な発想や工法が 多く登場したと言う背景もあるからです。
 しかし、万に一つもそのままその設計を認めることはありえません。当然どこがどう 新しいのか質問するでしょう。納得できる答がない限り認めることはありえません。ま た、でまかせでいい加減な説明を見抜けないようならプロとは言えません。

鉄筋量と手間

 構造の経済設計は単純に鉄筋、鉄骨、コンクリートの量に関わる話ではありません。 そこには手間も影響してくるからです。
 話を単純にすれば、細い柱と小さな梁をたくさん用いれば鉄筋量もコンクリート量も 少なくてすみます。しかし、手間は多くかかるのでむしろ割高になるのです。
 前々号で私は、構造で工事費削減を図るのはあまり賢い方法ではないし、リスクまで 背負って鉄筋やコンクリートの量を減らしてもそんなに大きな工事費削減効果はない、 と書きましたが、姉歯事務所が作成した構造図で施工すれば材料費だけではなく手間も 大幅に削減でき、全体工事費と比較しても大幅な工事費の削減が可能です。
 しかし、あそこまで減らすなどという無茶苦茶な発想は想定外です。

経済設計

 経済設計(工事費の削減)を目指すとき、意匠に関わる部分は依頼者の目に触れるの で材料などの質を落すことはできない、おのずと矛先は構造に向く、というコメントを 聞きました。
 私も特別な事情がない限り常に経済設計を目指していますが、構造に関わる経済設計 はそのごく一部です。高価な材料を使わずに美しく心地よい空間を作るところにこそ建 築家の技が生かされるのではないでしょうか。大理石など高価な材料をふんだんに使う 設計は逆に建築家の敗北ともいえます。ましてや構造設計で合理的な設計を目指すので はなく、単純に鉄筋量を減らす手口で「経済設計のどこが悪い、不経済設計を正しいと 言うのか」などと居直るのは論外です。

設計事務所の衰退

 設計事務所はゼネコンやディベロッパーに使われる立場にあるので、生活を考えると 言うべきことも言えなくなる、というコメントをテレビで聞きました。
 それはある意味では事実です。ゼネコン、ディベロッパーは圧倒的な資金を背景に活 発な営業活動を展開して設計施工による工事の受注を増やしてきたからです。
 本来健全な社会では仕事はまず設計事務所に持ち込まれ、設計を終えた段階で建設会 社を入札によって選定します。そうすることによって建設会社と利害で対立する立場に いる施主を、設計事務所が守ることもできるのです。
 建設会社は多くの営業部員を動員し、設計料はサービスすると言ううたい文句で(当 然の話ですが設計料は工事費から捻出します。サービスのわけがありません)工事だけ ではなく設計をも受注し、そのために設計事務所への仕事が激減しました。このメール マガジンでもずっと以前に書きましたが、建築家は宣伝行為をしないと言う不文律も影 響しています。
 単純化すれば以上のような経緯で、逆に建設会社やディベロッパーの下について仕事 を得る設計事務所が増えてきました。増えてきたと言うより、絶対数で言えば現在、ほ とんどがそう言う設計事務所であると言っても過言ではない状況です。
 本来設計事務所は工事の手抜きやミスを正し、建設会社が不当な利益を上げること( 施主が法外な建設費を払うこと)を阻止する役割を担ってきたはずですが、設計料の請 求先が施主ではなく建設会社である限り、その業務が正当に機能することはありえませ ん。仕事をもらい、金をもらう立場のものが、施主の立場でその業者を指導することな どできないからです。
 極論すれば、私の建築家人生はこういう社会情勢との戦いでした。ある意味で恵まれ ていたので、私が手がけた仕事は、そのほとんどが施主から直接受注した仕事でした。 建設業者からは、仕事を頼まれたことはあっても仕事をもらったことはありません。( 同じことだと思われる方もいるかもしれませんが、建築家と建設業者の正常な力関係が 維持されているかいないかで結果は全く違うのです)
 しかし、そう言う立場を維持するために経済的にはかなり無理を重ねてきました。一 種の意地のようなものです。性格上絶対に無理なのですが、建築家人生のどこかの時点 で建設業者の軍門に下っていれば(そうなれば建築家ではなくなります。建築屋になっ てしまいます)今よりはかなり豊かな生活をしていたと思います。
 今回の事件の背景に、設計事務所がその機能を発揮できなくなったと言う上記の事情 があることを否定することはできません。

内部告発

 構造計算書の偽造を最初に発見し内部告発をしたのは設計事務所でした。胸のすくよ うな話で、しかもそれがディベロッパーでも建設業者でも販売会社でもなく設計事務所 であったことに同業者として誇りを感じます。もっとも文字通り、その設計事務所は当 たり前のことをしただけなのですが。
 内部告発した設計事務所が今後業界で吊るし上げを食うのではないか、仕事の発注を ストップされるなどの嫌がらせを受けるのではないかという声も聞かれます。
 しかし、上記の建設業者の下請けをする設計事務所でない限り、業界から締め出され る恐れは全くありません。逆に仕事が増えるのではないでしょうか。誰でもこういう建 築家に仕事を依頼したいと考えるだろうからです。
 私はかつて建設省(現国交省)のキャリアと仕事上意見が対立し、その仕事から下ろ されたことがあります。私に首を言い渡す時、そのキャリア官僚は勝ち誇ったような表 情を浮かべ、私がその後業界内で決していい思いが出来ないだろうということを確信し ていました。たてつけばこうなると言わんばかりでした。しかし、現実にはそれが私の その後に与えた影響は皆無でした。
 本来建築家は伏魔殿のような業界組織ではなく、一人一人のお施主さんと直接関係し て仕事をし、業界ではなくそのお施主さんの利益の代弁者であるからです。お施主さん に業界の事情は無関係です。信頼される仕事さえしていれば業界を批判しても仕事がな くなることはありません。

国の支援策

 この問題に関して国の支援策が発表されました。
 本当にそれで良いのかという疑問が残ります。前号でも書いたとおり、役所の指導不 足だと言うのなら世間にある欠陥住宅はすべてその対象になるからです。
 支援はするが、責任の追及は引き続きする、と言う話ですが、責任を抱えている人た ちはこの支援策でかなり気が楽になるのではないでしょうか。彼らは一生、強い憎しみ や怒りに曝されながら生きてゆく責任もあるように思えるのです。
 また、江戸川区の担当者に、「江戸川区で対象になる戸数はたったの36戸だ、その たった36戸くらい助けることができるはずだ。私達の人生がかかってる」と叫んでい た女性、今日の建設省の支援策を聞いて「スタート時点の話としては70点をつけられ る。これでおしまいなら話にならないが」と言っていた男性にも違和感を感じます。
 国民の税金で支援を受けると言う自覚がありません。
 何も悪いことをせずに理不尽な仕打ちに会うことは誰にでもあります。理屈どおりに は行かない、それも人生なのです。とてつもなく理不尽な目に合ったとき、多くの人は それに負けて自分自身が理不尽な仕打ちをする側に回ります。ですから理不尽な事態は 社会にない方がいいのです。
 でも、それを乗り越えてそう言う仕打ちにもかかわらず自己の正気を保つことができ た人はこういうとき、前述のような感想は述べません。
 前述の人たちは今までいろいろなものに守られてそう言う仕打ちを受けたことが一度 もなかったのだろうな、というのが私の感想です。

誰が嘘をついてるか

 構造計算書の偽造事件は現在多少中休み状態にあります。本日の国会の証人喚問で再 燃するでしょう。
 様々な人たちが登場し、それぞれの主張を繰り返していますが、真実はなかなか見え てきません。しかし、ほとんどの日本人は誰が真実を話し、誰が嘘をついているのか薄 々感じているのではないでしょうか。顔つき、話すときの表情を見れば分かります。
   その中で、総合経済研究所の内河社長が離婚をしたと言うニュースが流れてきました。 最初の国会での参考人質問が行われた翌日だそうです。大犯罪の中心人物の一人がやる ことにしては、あまりに情けない姑息な手段です。こそ泥以下です。悪人に良し悪しな どないでしょうが、昔の悪人の方が存在感も風格もあったように思います。

一級建築士の権威

 今回の事件で同業者として一番悲しいのは一級建築士事務所の権威を自らおとしめて しまった姉歯建築士の行動です。構造計算書の偽造そのもののことを言っているのでは ありません。その前に一級建築士と言う立場にありながらなぜ、素人の言うことを唯々 諾々と聞いてしまったのか、そこが無念でなりません。
 例えば私が岐阜県の音楽ホールの設計をしたとき、私は設計に関する限り現場に参加 した数百人の誰よりもその内容に通暁し、私の承認がない限りどんなに小さな工事も行 えないと言う立場にいました。構造や法律はもちろん、建物の目的、意図、ユーザーの 要望、さらにはその土地の気候風土から、歴史、文化、風俗習慣に至るまでオーソリテ ィーであることを求められるわけです。だからこそリーダー足りうる一級建築士という 資格を与えられているのです。
 構造設計事務所はその私の直下にいて基礎や杭の大きさと深さ、コンクリート、鉄筋、 型枠、さらには開口部や配管による躯体貫通に関わる補強の工事のトップにいます。私 以外の誰の指示も受ける立場にはありません。
 姉歯建築士が木村建設の篠塚氏の指示で鉄筋量を減らしていたのだとしたら、それは 資格のない病院経営者の指示で手術方法や投薬の量や内容を変える医者の行為に相当し ます。もしそれが仮に間違ってはいない指示であったとしても絶対にあってはならない ことです。

施工図と現場写真

 証人喚問で、姉歯建築士が提出した構造計算書の結果をさらに下回る配筋で工事が行 われた、平塚のマンションについて質問を受け、木村建設はどこでどういうミスがあっ たのか実際にどんな配筋が行われたかについて施工図と現場写真で現在調査中だと答弁 しました。
 施工図と現場写真はどの建設会社でも、5分で出ます。
 調査中も何もありません。

法の範囲内

 これ以上鉄筋の量を減らすのは無理です。という姉歯建築士の言葉に対し、木村建設 は「もっと減らせとは言ったかもしれないが、法を犯してまで減らせといったつもりは ない」と国会で答弁しました。
 これは詭弁です。
 一般に設計事務所などからの特別な指示がない限り、構造設計事務所は建築基準法の 基準をぎりぎりでクリアする計算をします。これは業界の慣例です。建築基準法そのも のの信頼性が高いからです。(昭和53年の宮城県沖地震の教訓を生かし、昭和56年 に新耐震設計基準が施行されましたが、阪神淡路大震災で、新耐震以降に施工された建 築物は明らかにそれ以前の建築物と比較して被害が少なかったことが認められ、新耐震 の有効性が確認されています。また、阪神淡路大震災以降さらにその教訓を生かし、新 たな基準が設けられました)
 そう言うもともとぎりぎりで計算する背景下、あえてさらに経済設計の指示をされ、 設計を終えてこれ以上無理だと言ったと言うことは、イコールこれ以上は基準法上無理 だと言う意味です。百人が百人そう取るでしょう。
 木村建設が専門家集団であるのなら、この指示は違法で行け、という指示です。それ でもなお合法のつもりだったといい続けるのなら、プロとして本気であの配筋で建物が もつと思っていたのか、という質問をしたいです。
 さらに業界語を一般語に通訳しますと、「構造設計事務所はいくらでもあるんだ」と 言う言葉は、「違反を承知で偽造する業者は他にもいるんだ」となります。
 しかし、これは多分木村建設側のはったりです。そんな構造設計事務所が他にあるわ けがありません。

姉歯以外の者による偽装

 上記文章を書いたあとに姉歯建築事務所以外の構造設計事務所による構造計算書偽造 の疑いについて報道がありました。言葉を失います。
 魚心あれば水心、木村建設や総合経営研究所の周辺にそう言う業者が集まっているの でしょうか。しばらく成り行きを見守りたいと思います。

厳しい審査

 イーホームズの藤田社長は姉歯建築士の「構造の審査が甘かった、と言うより見てい なかった」という発言に対し、「そんなことはない、厳しく適切に審査している」と言 いましたが、いかにも苦しい言葉です。
 本当に厳しい審査をしているのだとしたらいったいどこの誰がイーホームズに確認申 請審査を頼むでしょう。役所の審査は無料なのです。(確認申請手数料という税金はか かりますが)厳しい審査をしている、などとは営業上言ってはならない言葉なのではな いでしょうか。
 民間の審査機関が役所に勝つにはもっときめの細かいサービスが必要でしょう。例え ば定期的に設計事務所を訪れて基本設計の段階から法規のチェックを行うとか、認可を 受けた材料や工法についての進言をするとか、申請に関わる条令他周辺申請書の書式を 集めて届けるとかのサービスです。手直しなどについても自ら設計事務所を訪れるくら いの熱意が必要となるでしょう。

鉄筋量計算

 総合経営研究所の四ヶ所という一級建築士の平成設計への指示メモに「柱の配筋がD −32を36本とあるが多すぎる、D−25を20本でやっている現場もある」という 記述があることが発覚しました。
 一級建築士である限り、法の基準内で収めることを前提とした指示だ、などという言 い訳はききません。専門が構造でなくても、(実際に四ヶ所氏は構造の専門家ではない ので分かりません、と語っています)一級建築士は構造を含めたすべてを理解している ことを前提とした資格だからです。
 また、現場もあると言っただけでそうしろと言った訳ではない、と逃げるつもりなら、 その現場をなぜ見逃したのかという新たな責任が生じるでしょう。
 ちなみにこの報道に対しコメンテーターが「D−32、36本をD−25、20本に 変更すると鉄筋量は6割近く減になる」と言いましたが、これは誤りです。私はこの事 件の報道を見るたびにマスコミの周辺にいるいわゆる専門家が余りにいい加減なことに 驚愕しています。鉄筋量のイロハに関する計算ができていないのです。
 D−32の32は鉄筋の直径を現しています。鉄筋量は鉄筋の直径ではなく断面積に 比例します。つまり直径の二乗に比例するのです。こんなことは中学生でも知っていま す。たぶん彼らは以下の計算をしたものと思われます。
 25(直径)×20(本数)÷32(直径)×36(本数)=43.4%
 ⇒6割近い減。
 実際はこうです。
 25×25×20÷32×32×36=33.9%
 ⇒約三分の一になる。(7割近い減)
 揚げ足を取るために数字が出るたびにいちいち計算しているわけではありません。こ う言う仕事を長年続けていれば直感的におかしいと感じるのです。

四ヶ所氏の指示

 上記四ヶ所氏の指示について、内河総合経営研究所社長は全くその事実は知らなかっ たと述べました。部下が勝手に指示したといわんばかりです。部下がやったことでも最 高責任者である社長はその責任を負います。あたりまえの事です。
 しかし、それを分かっていない社長が世の中にはたくさんいます。ミスをした部下を 会社外のスタッフと共にくそみそにけなすのです。
 内河社長の答弁を聞いて、そんな社長達を思い起こしました。

制度上正しい審査

 前々回のメールマガジンで民間の確認申請審査機関はそのほとんどすべてが役所出身 者によって経営が行われていると書きました。
 イーホームズの藤田社長はここに来てなお、あいも変わらず規定の審査はきちんと行 っている、制度上こちら側にミスや問題はない、というコメントを繰り返しています。
 はからずも一民間企業のコメントが現在の役所の抱えた問題を浮き彫りにします。
 藤田社長にとって仕事とは建物の安全を守ることではなく、決められた手順に従って 機械的にチェック作業を繰り返すことであったようです。その仕事の本来の目的はどう でも良いのです。自分が社会のどの部分でどう役立っているかについての想像力、使命 感が決定的に欠落しています。それが役所仕事なのです。
 藤田社長は毎日決まった時間に水を撒け、という仕事をもらったら、土砂降りの雨の 日も水を撒くことでしょう。

口先だけの営業

 ヒューザー社長の小嶋氏は営業の天才だったと言います。とにかく調子のいい言葉が とめどなく出てくるタイプなのでしょう。国会での証言や会見での様子を見ていますと その片鱗をうかがうことができます。
 そのタイプの人間は時に自信過剰に陥ります。事件発覚直後の彼にはその過剰な自信 が垣間見えました。世の中のほとんどの人は善意の人で、多少の調子のよさや、ごまか しは見逃してくれるからです。
 しかし、今回はそうは行きません。日本中の論客が待ち構えているからです。善意ど ころか最初から疑いの目で見られていると言う点でも不利でしょう。小嶋社長程度の低 レベルな屁理屈は全く通用しません。年貢の納め時です。
 また、ここに来て社名を変更したようです。総合経営研究所の内河社長の離婚といい、 ヒューザーの社名変更といい、やることがあまりに子供っぽくコメントのしようもあり ません。考えていることが読めてしまうのです。
 別会社ということで逃げ切れると思ったか、悪名が知れ渡ってしまった社名を変更す ることで新たな顧客を獲得できると思ったか、いずれにせよそんなところでしょう。
 考えているずるさを読まれてしまうことはとてつもなく恥ずかしいことです。それを 恥ずかしく思わず行動を起こしてしまう人間を恥知らずと言います。

一人でできることではない

 国会喚問で姉歯建築士は責任の所在を問われて「責任は自分にある、(実際の責任は 確認申請を提出した平成設計にあると思います)しかし、私一人でできることではない」 と語りました。
 その通りでしょう。何度も語ってきましたが、見れば一瞬でおかしいと分かる構造図 を何十人もの人たちが見逃してきたのです。一人でできることではありません。また、 その何十人かは全員が共犯者です。

専門家でないので責任はない

 総合経営研究所や木村建設は設計事務所は自分達の単なる道具だ、程度にしか思って いなかったと思われます。しかし一方で、その専門性、資格には一目を置き、それゆえ にその資格を持たない自分たちが責任を追及されることはないだろうとたかをくくって いた様子も見て取れます。
 自分たちが作ってきた建物に針の先ほども愛情を感じず、そこに住む人たちの命をも なおざりにしようと思った人たちには、ことがここまで大きくなると言う想像力が欠如 していたのでしょう。彼らにとっては建物が地震で崩壊することなどたいした問題では なかったからです。この程度のことでなんでこうも騒ぐか、そんな本音が聞こえてきそ うです。
 彼らの想像力がもう一つ欠如していたのは、知らなかった、専門外だと言い張っても 責任から逃れることはできないと言う現実が訪れることに対しての想像力です。
 やはり、仕事の本質を全く理解していなかったといわざるを得ません。

藤沢市のマンション

 藤沢市のマンションは事件発覚後にヒューザーから購入者に引き渡されたそうです。 絶句です。自分たちには責任がないから引き渡してしまえばどうにかなるとでも思って いたのでしょう。
 このマンションは姉歯建築士による設計時、基準の0.28しか耐震強度がありませ んでした。しかし、実際の工事はこの姉歯建築士の設計をも守らず、結果として竣工し た建物の耐震強度は基準の0.15しかありません。
 テレビにそのマンションの映像が流れましたが、その現状は惨憺たるものです。コン クリートの表面には縦横に亀裂が入り、外壁のタイルは紙が撓(たわ)むように波打っ ています。
 もし私がこのタイルの凹凸の原因を教えてくれと頼まれたらお手上げ状態になるでし ょう。このような状態など見たことがないからです。もしこれが躯体のゆがみを原因と しているのだとしたら、わずか工事から4ヶ月で地震もないのにこれだけ躯体が歪んだ と言うことになります。
 報道関係者は部屋の内部まで踏込んでレポートしていましたが、私には到底そのよう な勇気はありません。そもそも今すぐにでも外壁タイルの剥落は起こり得ます。ちょっ とした振動で自然崩壊の可能性すらあるように見えました。
 鉄筋の本数を減らしたり、柱や梁、壁の量を減らしたりしたら何が起こるか、実験室 での実験は常時行われていますが、実際の建物で調べることはできませんでした。少な くともあのような壁の撓みなどどんな専門家でも初めて見る現象なのではないでしょう か。飛んで行って調査したいと言う学者や専門家もたくさんいると思います。
 建物に踏込む勇気があればの話ですが。見たいと切実に思う人ほどその道のプロです から踏込むことはないと思います。

建設業者

 総合経営研究所、ヒューザー、木村建設、姉歯設計事務所の4社のうち、実際に建設 業に従事しているのは木村建設と姉歯設計事務所です。
 国会での答弁を聞いていて、針の先ほどでもかすかに良心のかけらを持っているのは 木村建設の木村社長と姉歯氏のように見えたのですが、これは同業者の贔屓目でしょう か。

平面図に柱がない

 テレビで問題になっている藤沢のマンションの図面をちらっと見ました。構造図では なく、平面図です。
 絶対に柱が必要な壁に柱がありませんでした。背筋が凍ります。  長年この仕事を続けていますと、その図面そのものがぎょっとするほど異様なものに 見えます。

構造における経済設計

 姉歯設計以外の構造設計事務所の設計によるホテルで、1平方メートルあたりの鉄筋 量が51キログラムである建物が見つかりました。姉歯設計事務所が設計したどのホテ ルよりも少ない鉄筋量です。
 設計した構造設計事務所は、合理的で賢い設計をした結果であり、構造計算に誤りは ないと言っています。
 前々号で私が書いたことがこれにあたります。ほとんど同じ平面計画でも合理的でバ ランスのよい構造計画をきちんとした手順で行った場合と、そうでない場合ではコンク リート量、鉄筋量共に大きな隔たりが生じます。柱や壁の位置をほんの数十センチずら しただけでも結果は違ってくるのです。構造設計の専門家が構造計算屋ではなく構造設 計家と呼ばれる所以です。計算ではなく設計なのです。センスが必要となります。
 今回の姉歯設計以外の事務所が正しい設計をしているかどうかは図面を見ていないの で分かりませんし、1平方メートルあたり51キログラムという鉄筋量もあまりに極端 に少ない気もしますが、100%有り得ない話だとは言えません。
 お施主さんから経済設計を要求されれば、仕上げ、工法、設備の考え方など様々な方 向から工事費削減の検討をします。その結果、構造上は逆に不経済になることもありえ ます。
 しかしもし、1平方メートルあたりの鉄筋量を削減することのみを目的にしたら、私 自身構造強度を保ったまま25〜30%程度鉄筋量を減らす自信はあります。

鉄鋼の値上がり

 姉歯設計事務所による構造計算書偽造が始まった時期は1997年前後だったと考え られています。
 鉄筋の価格は中国の経済発展の余波でその後上がり続け、現在はその当時の2倍から 3倍になっています。そういう背景も偽装のエスカレートに影響したのではないでしょ うか。

コンクリートの水の量

 藤沢のホテルでは鉄筋量だけではなく、コンクリートの強度にも問題がありそうだと いう報道がありました。コンクリートに対して水の比率が高かったそうです。
 この報道にはかなり疑問を感じます。現在コンクリートはそのほとんどすべてが生コ ンクリートで、全国各所にある(ほとんどの市町村にあります)プラントから水を加え た状態でコンクリートミキサー車で現場に運ばれるからです。つまり水の多いコンクリ ートは木村建設ではなく、コンクリートのプラント業者が作ることになります。
 余談ですが数々ある資源の中でコンクリートの原料となる石灰岩は、唯一完全に日本 国内で自給しています。輸入はゼロです。
 コンクリートはその用途により強度や凝固するまでの時間などの特性が違います。水 の量もすべて同じではなく、目的に応じて増減します。しかし、躯体に使用するコンク リートだと言えば、その比率はほぼ決まっていて、強度に異常が出るほど水の比率が高 い製品をプラント業者が納品するわけがありません。
 コンクリートを供給する業者が常に同じなら、姉歯設計のように阿吽の呼吸で不正を 働くようになる可能性もありますが、現場ごとに新たに違う業者に発注するコンクリー トでそのようなことが行われるとはなかなか考えられません。
 しかし、一つだけ方法があります。コンクリートを型枠に流し込んだ後に水を加える 方法です。ぞっとする話です。プラントから時間をかけて搬送したコンクリートに後か ら水を加えると、最初から水を多く加えていたコンクリートより、さらに大幅に強度が 落ちるからです。

スリットについて

 姉歯設計の構造図に表記されていたスリットの数と位置が、施工図に反映されていな いことがわかりました。
 スリットというのはラーメン構造(柱と梁で建物本体の骨組みを作る構造)の柱や梁 と壁などを絶縁し、柱、梁に応力が正しく均等に伝わるようにする隙間です。コンクリ ートや鉄筋の量にはほとんど増減が生じませんが、その隙間にクッション材を充填した りする手間がかかり、スリットの数が多くなるほど工事費はアップします。
 構造図には各柱や梁、壁、床などの大きさや配筋などが記載されていますが、実際の 工事に当たっては、そこに窓やドア、手摺などが絡んできますし、仕上げによっても細 部の調整が必要になります。それを表現するのが施工図で、この図面は一般的には設計 事務所ではなく、施工会社が描きます。
 今回の問題はこの構造図に記載されていたスリットの数が施工図では大幅に減り、位 置も全く異なってしまっていたところにあります。施工図は必ず設計事務所がチェック しますからそれがなされていなかったことも不思議です。もっともそもそもの構造図が 偽造された根拠のないものだったわけですからチェックしても意味はありません。とい うよりこのグループの仕事は考えられない非常識の連続で、すでにこの程度のことでは 驚かなくなったと言ってもいいかもしれません。
 国会の証人喚問でこの点を指摘され木村建設は作図時のミスであると述べました。私 はその言葉を聞いて不謹慎ですが思わず吹き出してしまいました。
 スリットの数や位置をここまで間違えることなど有り得ないことだからです。構造の 施工図ではなく、意匠の平面図に置き換えて考えれば分かります。建物が建ってみたら 窓の数が大幅に減り、位置も当初の予定とは違ってばらばらな場所に開いているなどと いう工事があり得るでしょうか。構造図におけるスリットは意匠図における窓とほとん ど同じなのです。
 言うにこと欠いてしゃあしゃあとミスだ、と言い切る情けなさを見れば吹き出すしか ありません。

発覚後の契約と引渡し

 構造計算書偽造が明らかになった後にヒューザーはマンションの売買契約を結び、引 き渡していたことが分かりました。
 それに対し小嶋社長は、そう言う流れがあったことを知らなかった。止めようとして も漏れは出る、と答えました。
 言い訳の中にこそ人の本質が垣間見えます。  自分の事務所の所員のミスで玄関ドアの色を間違えてしまっただけで、私は逃げ出し たくなるほど落ち込みます。ましてや、所員がそんなミスを犯していたことなど知らな かった、ミスは出るものだ、などとは絶対に言えません。
 しかも事はドアの色ではないのです。

内河社長と離婚した奥さん

 先日の家宅捜査で総合経営研究所の内河社長が離婚したはずの奥さんと一緒にいたと ころを発見されました。離婚したとはいえ仲が良いことです。
 捜査員が書類に手を伸ばそうとしたところ、その奥さんが血相を変えて「これは株式 会社内河(ないがわ)の書類だ。礼状を見せろ」と叫び、捜査員は手を出せずに帰った そうです。
 ここまで来て財産の保全を図る神経を疑います。
 自分に非がなくとも何らかの事情で人に迷惑をかけてしまうことはあります。そうい う時私は、全財産をつぎ込んでもそれが解決したらどんなに楽だろうと思います。

このコメントの扱いについて

 昨年は姉歯事件についてかなり書かせていただきましたが、よく知っている業界の話 ですから、時に同意し、時に首をかしげてと実況中継のようにコメントを言うだけで、 悪い言い方をしますとそれを不謹慎にも楽しんでしまったところがなかったかと反省し ています。
 そう言う不正を生んだ業界の一員であったことを自覚し、今年は原点に帰りどうすれ ば再発を防止できるかについても考えて行きたいと思います。

姉歯以外の構造計算書

 昨年の暮れ、木村建設が施工して姉歯設計事務所以外の設計事務所が構造計算をした ホテルの構造計算書に偽造の事実はなかったと言う報告が国交省からありました。平方 メートルあたりの鉄筋量は最小のものでは姉歯設計のそれを下回っています。また、同 時に調査した3000物件中1500物件にも偽造は発見されませんでした。
 私が偽装は氷山の一角ではなく、姉歯設計のケースは極めて特異な例だと言い続けて きたことと、構造計画が効率よくなされれば鉄筋量をかなり減らすことができると言っ たことが、ひとまず正しかったということになります。
 しかしどこか釈然としません。このままだと姉歯設計だけが悪者で、後の関連会社は すべてシロ、ということになってしまうからです。
 もう少し様子を見たいと思います。

不必要な工事を勧める

 私が見聞きする限り、建設業界では極端な経済設計や手抜き工事は割に合わないと思 われています。この業界はある部分ではクレーム産業であり、手を抜いてもそれほど利 益が上がらず、逆にアフターケアで金がかかるからです。安すぎる話はこのアフターケ アをせずに逃げ切ろうとしている可能性があります。
 一応の目安として木造住宅で坪65万円、マンションで坪70万円くらいはかかるも のと思っておけばいいと思います。
 プレハブなどのハウスメーカーも、当初は坪45万円と謳っていても別途工事、オプ ションその他(電気、ガス、給排水の引き込み工事、外構工事、照明器具など)で結果 的には70万円程度になります。
 手抜き工事は明らかに減り続けている一方で、リフォームなどの際に不必要な工事を 勧める業者が激増しています。外壁の塗り替え、屋根の修理などならまだしも基礎の打 ち直しや構造材の補強工事などになると大工事になってしまいます。
 やらないよりはやったほうが良いと言う点で、このケースは問題になりにくいところ が逆に問題だと思います。全く不必要だったと証明しにくいからです。
 私はここにこそ今の日本の問題があると思います。法律に違反しなければ金のために 何をやっても良いのでしょうか。職人の誇りが機能していたころ、たとえオーナーが希 望しても不必要な工事は必要ないと言い切りました。私は設計料が激減するにもかかわ らず、施主に提案し、古家を解体して新築する工事を増築工事に変更したこともありま す。
 不必要な工事を進める業者にプロのプライドのかけらもありません。誇りより金なの でしょう。その考え方こそ日本を滅ぼします。

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